日本の年金制度を世界の制度と比較してみる

少子高齢化が進行する日本において、年金制度の持続可能性はますます重要な政策課題となっています。 国民年金と厚生年金を中心とする日本の年金制度は、長年にわたり一定の役割を果たしてきましたが、現代社会の構造変化に対応しきれていないとの指摘もあります。 本記事では、日本の年金制度の仕組みと課題を整理するとともに、ドイツ、スウェーデン、アメリカなど他国の年金制度との比較を通じて、より持続可能かつ公平な制度設計の可能性を探ります。

1. 日本の年金制度の基本構造(国民年金・厚生年金)

日本の公的年金制度は「二階建て構造」と呼ばれ、すべての国民が対象となる基礎年金(国民年金)と、会社員や公務員などを対象とした厚生年金から成り立っています。

まず、国民年金(基礎年金)は20歳以上60歳未満のすべての国民に加入義務があり、月額一律の保険料を納めることで、老齢・障害・遺族年金などの給付を受けることができます。保険料は所得に関係なく定額であり、2024年度現在では月額16,520円程度が標準的な金額となっています。国民年金だけに加入する「第1号被保険者」は、自営業者や学生などが該当します。

一方、厚生年金は企業に雇用されている「第2号被保険者」を対象とし、保険料は賃金に比例する形で労使折半で納められます。厚生年金に加入している場合、国民年金の給付に上乗せされる形で、報酬比例の年金を受け取ることができます。公務員や教職員などは、かつては共済年金という独自制度の対象でしたが、2015年の制度統合により厚生年金に一本化されました。

さらに、専業主婦やパートタイマーなどの「第3号被保険者」は、厚生年金加入者に扶養されている配偶者などを指し、保険料を自ら納めることなく年金を受給できる仕組みとなっています。この三分類により、全体としての年金加入率を高め、リスク分散を図ることが制度の狙いとなっています。

2. 現在の課題(少子高齢化・財源・未納問題)

日本の年金制度は長年にわたって国民の老後を支える柱として機能してきましたが、近年は深刻な制度的課題に直面しています。最大の問題は、少子高齢化の進行による制度の持続可能性の低下です。出生率の低下と平均寿命の延伸により、年金を受け取る高齢者の数が増加する一方で、保険料を支払う現役世代の数が減少しているため、現行の賦課方式(現役世代が高齢者を支える仕組み)では財政的なバランスが取りづらくなっています。

加えて、国民年金における未納問題も深刻です。保険料が定額であることから、低所得者層や不安定な就業状況にある若年層にとっては経済的な負担が大きく、保険料の納付率は約70%前後にとどまっています。未納が続くと将来的な受給額が減少し、老後の生活不安を助長するだけでなく、制度全体の安定性にも影響を及ぼします。

さらに、非正規雇用の拡大も課題です。非正規労働者の中には厚生年金に加入できず、基礎年金のみに頼らざるを得ない人も多く存在します。これにより、将来的な年金格差や老後貧困のリスクが増大しており、制度の公正性という点でも再設計の必要性が指摘されています。

3. ドイツの年金制度との比較

ドイツの年金制度は、日本と同様に賦課方式を基本とした公的年金制度を中心としていますが、いくつかの重要な違いがあります。まず、ドイツでは被用者すべてが「法定年金保険(Gesetzliche Rentenversicherung)」に加入することが原則であり、自営業者なども一定の条件下で義務加入とされています。これにより、制度全体の財源基盤が広く保たれている点が特徴です。

保険料率は約18.6%(2024年現在)で、労使折半となっており、日本と類似した負担構造ですが、ドイツでは被保険者の納付記録に応じた「ポイント制」が導入されており、個々の保険料支払いに比例して年金額が計算されます。この方式により、長期的な就労が直接的に年金額に反映される透明性の高い設計となっています。

また、ドイツでは近年、法定退職年齢の引き上げ(67歳への段階的移行)や民間による補完的年金(リースター年金など)の推奨など、制度改革が進められています。日本よりも制度維持への危機意識が強く、早期から持続可能性への対処が行われてきたという点で、日本との対比は制度設計の教訓として参考になります。

4. スウェーデンの年金制度との比較

スウェーデンは年金制度改革の先進国として知られており、1990年代に抜本的な制度変更を行いました。従来の賦課方式を維持しつつも、「ノッチ制度(Notional Defined Contribution:仮想積立方式)」を導入することで、個人の保険料納付に応じた受給額の決定と財政の自動安定化を実現しています。

この制度では、実際に資産を積み立てるわけではなく、仮想的な積立口座に基づいて年金額が計算されます。納付額に応じたポイントが付与され、年金支給時にはそのポイントが平均余命などに基づき年金額に換算される仕組みです。このため、制度全体としては「積立型」のように見えつつ、財源は現役世代からの拠出で賄われています。

さらに、スウェーデンでは個人ごとに「プレミアム年金」という実際の積立年金制度も存在し、被保険者が自ら運用先を選択することでリスク分散と資産形成の意識を高めています。これにより、基礎年金と合わせて、自己責任と国家保障をバランスよく組み合わせた制度が構築されています。

日本においても、スウェーデン型の「自動安定化メカニズム」や「生涯納付ベースの設計」は、持続可能な制度を構築する上での重要な参考となり得ます。

5. アメリカの年金制度との比較

アメリカの年金制度は、日本やヨーロッパ諸国とは異なり、より民間主体の色が強いのが特徴です。公的年金制度として「社会保障年金(Social Security)」が存在し、全労働者を対象に老齢・障害・遺族給付を提供していますが、その給付水準は比較的低く、老後生活を支えるには不十分とされることが多いです。

このため、アメリカでは個人や企業による私的年金の活用が非常に重要となっています。代表的なものとして「401(k)」や「IRA(個人退職勘定)」などの積立型年金制度があり、企業が従業員の老後資金形成を支援する仕組みが発達しています。これらは自己責任型の年金制度であり、加入者自身の資産運用によって将来の受給額が変動します。

また、アメリカでは退職後も就労を続ける「セミリタイア」が一般的であり、年金制度もそれを前提とした柔軟な設計がなされています。一方で、所得格差が制度の格差に直結しやすく、低所得者や非正規労働者の老後の生活保障は脆弱であるという課題も抱えています。

日本に比べて公的年金の範囲が狭く、自助努力に依存する側面が大きいアメリカの制度は、自己責任と自由選択を重視する一方、制度的セーフティネットとしてはやや不十分な面があると評価されています。

6. 日本の年金制度の国際的位置づけ

日本の年金制度は、基本的にはドイツ型の賦課方式をベースとしつつ、国民皆年金体制を維持してきた点において国際的には一定の評価を受けています。すべての国民に年金加入を義務付ける制度設計は、社会保障の包摂性を高める上で有効であり、生活保護との連携や最低保障機能の確保にも寄与しています。

ただし、年金額の水準は他国に比べて相対的に低く、特に基礎年金のみを受給する層では生活保護水準との逆転現象が生じることもあり、「制度としての信頼性」に課題があるとされています。また、受給開始年齢の柔軟性や受給額の可変性といった面でも、スウェーデンやドイツに比べて選択肢が限られており、制度設計の柔軟性という観点からは改善の余地があります。

全体として、日本の年金制度は包摂性は高いものの、所得代替率や財政持続性、制度の柔軟性といった要素では中程度の評価にとどまるのが現状です。

7. 今後の改革論点と展望

日本の年金制度が今後も安定的に機能し続けるためには、いくつかの重要な改革論点があります。まず第一に、財源の確保と制度の持続可能性をどう両立させるかが課題です。保険料率の見直し、給付水準の調整、受給開始年齢の引き上げといった選択肢の中から、国民の合意形成を得ながら現実的な制度改正を進める必要があります。

第二に、就業形態の多様化に対応する制度設計が求められます。非正規労働者やフリーランスといった「制度の谷間」にある人々への保障をどう確保するか、企業年金やiDeCoなどの私的年金制度との役割分担を明確化することも重要です。

第三に、年金制度の信頼性を高めるための情報公開や制度説明の充実が不可欠です。将来の給付見通しや個別の納付状況に関する情報をわかりやすく提供することで、若年層を含む国民の制度への納得感と参加意識を高めることができます。

少子高齢化という避けられない社会構造の中で、年金制度の再設計は日本社会全体の信頼と連帯を再構築するための鍵となります。他国の制度に学びつつ、日本に最適化された持続可能なモデルの構築が期待されます。

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